2013年06月03日

最後の更新 2


「最後の更新」にパート2があるのはちょっとおかしいかもしれない。
植田院長も、「俺がスティーブ・ジョブズなみに優れた経営者であったことを
語った前回の記事で終わりにすればいいだろう」と言うんじゃないかと思います。



でも、実はあのときリラクリズムはまだ本当には終わっていなかった。
意外と知らない人も多いと思いますが、リラクリズムには2号店があったのです。
横浜市磯子区の閑静な住宅街、JR根岸線「洋光台」駅のほど近く、イトーヨーカドー
2階の一角でぴったり2年間営業し、2013年5月31日に幕を閉じました。



リラクリズムは一応「会社」形態をとってはいたけれど、実質的には自営業と
同じ小さな規模で営業をしていました。いっちょまえに会社になったり1号店は
大都心「渋谷」の大通りに面した立地だったりホームページがやたら立派だった
ことはすべて、植田院長の見栄以外の何物でもありません。



植田院長がひとりで色々なことを決め、身の丈に合わないでっかいことを
やろうとしただけで、ふたを開けてみればごく普通の(いや普通じゃないかも)
人間が小さなお店をやっていた、というだけの実情だったのです。



でも、どうか誤解しないでほしい。
それはリラクリズムがいい加減だったということではないし、植田院長に力が
なかったということでもありません。身の丈に合わないことをするというのは、
相当の勇気のいることだし、よっぽど「本気」じゃない限りできることでは
ないでしょう。



多くの人は、自分には無理、もし失敗したら…と考えて夢をあきらめる。
でも院長はできると信じて無謀な挑戦をした。スタッフや取引先の方々の力を
借りるというよりはむしろ脅迫的に煽り立て、それによってひとりではできない
こともやり遂げ、着実に前に進んでいた。2号店オープンの話を聞いたときも、
「そんなの無理だ」と誰もが思っていた。



でも、無理矢理ではあっても無理ではなかった。
決して良い売上を上げられたわけではないし、整体院としての改善点や反省点は
いくらでもあったけれど、リラクリズムが好きと言ってくれる方や毎週来てくれる
お客様もいらっしゃった。2つの店舗を軌道に乗せ、名実ともに「一会社の経営者」
として成功することは不可能ではなかったかもしれない。もし院長にあと10年の
時間的猶予があったなら…。



もしかすると院長は、無意識に自分の寿命を知っていたのではないかと
思ってしまいます。いま思い返してみると、「なんでそんなに急ぐの?
どうしてそんなに焦るの?」ということが幾つもあった。まるで後がない人みたいに。



すべてを知っていたから、どう考えても無理に見えることが無理ではないと
ただひとり気づき、ハイリスク、でもハイリターンな道を選んだのかなと思う。
それはちょうど、激流にかかった橋を渡り、向こう岸に着いたときにみずから
その橋を壊し、後戻りする道を絶ってしまうことに似ていました。
院長の勇気と行動力は、掛け値なしに評価されるべきものだったと思います。



「7つの習慣」という有名な本に、「自分の葬儀をイメージせよ」という趣旨の
記述があったと思います。どんな人が参列してくれてなんと言ってくれるかを
イメージし、理想が叶うように人生を見直せ、という教えだったと記憶しています。



私はその言葉を院長に突きつけようと思ったことがある。
院長、そんなんじゃ弔辞で立派なこと言ってもらえるどころか誰も参列して
くれないですよって。でも違った。院長の葬儀にはたくさんの人が参列し、
みんなが涙を流してくれた。「親族の方たちはみんな普通なんですね」
なんて驚きながら。



あれからもう1年が過ぎたけれど、関係者が集まると何時間も院長の話が尽きない。
その話の大半は「悪口」ではあるけれど、それはとても素晴らしい種類の悪口です(笑)
みんな笑顔で、とても楽しく、いつまでもいつまでも院長の悪口を言っています。



詩人・劇作家として活動していた寺山修司の言葉にこんなものがあります。

「悪口の中においては、つねに言われている方が主役であり、
言ってる方は脇役であるという宿命がある。」

「人の悪口を言っているときほど楽しいものはない。
それも『バカ』とか『ウスノロ』とかいうような単純な悪口ではなくて、
もっと多角的に創意と工夫を凝らして言うほど、満足がゆくようである。
悪口を言う相手を思いつくことができないのは、なんという孤独なことであろうか。」




そう、院長はいつも私たちの主役だったのだと思います。
それに院長の悪口は単純な言葉で表現できるものではなく、創意工夫を凝らし
持てる限りのボキャブラリーを駆使しなければ的確に表すことができません。
そして、息子である院長の死を最も悲しんでいたお母様も、院長の悪口を
言っているときだけはとても生き生きとしていらっしゃったのが印象に残っています。



院長は残された人が淋しくないように生前数々の不祥事(言い過ぎでしょうか…)
をしでかしてきたのでしょうか。いずれにせよ、結果オーライだったのかもしれません。
院長ありがとうございました。



渋谷店を閉めたときは、悲しさが残った。
「残念ですね」と人に言われるのがつらかった。それは多くの人が感じる、
ごく自然な感情だったといまなら思えるけれど、お店を閉めることは「残念」なこと、
院長を悲しませていること、そう言われているような気がして、一筋の痛みが
胸の真ん中を突き抜ける感覚があった。



でも今回は、「お疲れさま」「よくがんばったね」「院長も喜んでいるよ」
という言葉を多くの方からかけていただいた。私自身も清々しい気持ちです。



洋光台のお店の後片付けをしているとき、巨大なムカデが現れました。
これまで見たこともない、それはそれは大きく、見る者を脅かす不気味さを
全身から放っていた。その場にいた誰もがこれは院長だと直感した。
院長、最後に姿を見せてくれたんですねと涙し、合掌した。(やや脚色あり)



梅雨の晴れ間の、美しい陽光に照らされた新緑の木の下に逃がすと、
まるで微笑むように、無数の足で優しく手を振るかのように、
振り返ることもなく静かに姿を消した。(だいぶ脚色あり)



リラクリズムに来てくださったお客様、働いてくれていたスタッフのみなさん、
お店のために尽力してくださった取引先の皆様、私たちスタッフに温かく接して
くださった院長のご家族のみなさん、本当にありがとうございました。
また、昨年11月に更新した記事にコメントを寄せていただいた皆様にも
大変感謝しています。



しかし、私たちが感じているのは感謝だけではありません。
お店や整体スクールが突如なくなったことでたくさんの人にご迷惑をかけて
しまったことも、決して忘れてはいけないことだと思っています。
本当に申し訳ございませんでした。



リラクリズムに関わってくださったすべての方たちの、
ご多幸、ご健康を心よりお祈り申し上げます。今度こそ本当に「最後の更新」
だと思います。恐らくパート3はないでしょう(笑)みなさまどうかお元気で!



スタッフ 星野
posted by うえだ at 13:15| Comment(2) | 出来事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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